ボーカロイドのいる生活6

「一緒に風呂入るか?」
 
 俺は興味が先立って、カイトにそう尋ねていた。
 どこまで人間と一緒か気になったわけだが、あまりにも率直すぎる俺の言葉にカイトは嫌そうに顔をしかめた。
 おい、いいのかよ。マスターに対してそんな嫌そうな顔しやがって。
 
「それはご命令ですか?」
「いや、命令ってほどじゃ」
「俺は男性型です。男同士二人でお風呂へ入ってもつまらないと思いますが、もしかしてマスターにはそちら側の趣味がおありですか?」
 
 とんでもないことを訊かれた。
 
「ない、ないぞ。俺は普通に女が好きだ」
「では単に、作り物の身体を隅々まで見てみたいと、そう仰るわけですね」
「っ……わかった。俺が悪かったよ。でも人間には裸同士のつきあいってのもあってだな、これから一緒に暮らすわけだし、多少親密になれたらなぁと思ったんだよ」
「そうですか……」
 
 さすがにちょっと、白々しかったかもしれない。
 カイトは俯きがち唇に指をあて、何か思案しているようだった。
 入ろうかどうしようか、迷ってるってとこか。もし俺の言葉を信じたんだとしたら、それはそれで罪悪感が……。
 
「わかりました」
 
 カイトは顔を上げ、そう言ってにっこりと笑った。
 
「ただし、俺は服を着たままです」
「え? 服を着たまま湯船に浸かるのか?」
「いえ。お背中を流させていただきます」
「待てよ、俺だけ裸かよ! 狡いぞ」
「何が狡いんですか。これはこれで、裸のつきあいでしょう?」
「俺だけじゃん、裸なの。お前も脱いで普通に入っても、背中は流せるだろ。男と男の流し合いだ!」
 
 なんか自分でも何言ってんのかわかんなくなってきた。
 
「お言葉ですが、マスター。俺は貴方と友情を築きたいわけではありません。俺が望むのは、マスターとボーカロイドとしての主従関係です。俺は貴方に忠誠を誓いますが、一緒にお風呂へ入ることはその域をでてしまうように思います」
 
 そう理路整然と並べ立てられると、自分がもの凄く非道なことをお願いしたような気分になるぜ……。
 ってまあ、普通いきなり一緒に風呂入ろうぜはないか。そこは俺が悪かった。
 
「背中を流すのは、ボーカロイドとしての主従関係とはまた違う気もするけどな」
「そんなことはありません。少しでもお役に立ちたいんです。俺、常にいる居候みたいなものですから」
 
 パソコンの中に戻れないの、そんな気にしてんのか……。
 まあ、無理もない。好んでボーカロイドを常に存在させ、家族のような扱いをしている家など昔からいくらでもあるが、俺がそうじゃないってことは今までの会話でわかってるだろうからな。気にもするか。
 
「せめて破棄されるまでは、マスターにきちんとお仕えしたいと思っています。前のマスターの時は、それが……叶いませんでしたから」
「カイト……」
 
 俺が捨てたら、カイトは捨てボカロになるのか。破棄つったってなあ……。パソコンに戻れないこいつを解体センターへ送るのは凄く抵抗があるぞ。犬猫を保健所へ送るのと同じようなもんだ。
 人間には情が移るって言葉もあるし、こうやって一緒に買い物へ行って飯も作ってもらって、さらには風呂も沸かしてもらって……今後のこととか話しちまったら、早々追い出せそうにはない。
 
「背中って、洗いにくいしな……」
 
 俺がぽそりとそう言うと、目に見えてカイトの顔が明るくなった。
 まあ男同士だし、俺だけが裸でも身体すべてをさらけ出すわけじゃあるまいし、恥ずかしがるほうがおかしいかね。
 
「俺、頑張って垢のひとつも残さないくらい、綺麗にこそげ落としますから!」
「……ヒリヒリしない程度にしてくれ」
 
 こうして俺が料理の次にカイトに与えた任務は、風呂で背中を流すことに決定した。



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