愛してますと言われたい

 オレはかなりの女好きだ。そして超美形でお金持ち。もてない要素が見あたらない。ウィンクひとつで女を落とせる。
 顔に引かれて簡単に足を開く女にはもう飽きたので、ボーカロイドを購入することにした。
 人間との間にはプロテクトがかかっていて、基本恋仲にはならないようにできているらしい。もちろんボーカロイドに入れあげる奴も存在するが、すげなくあしらわれるとのこと。
 ……ただ、あくまで基本だ。それを飛び越えて恋愛関係にある人間とボーカロイドも多数存在する。
 歌うことがすべてな歌姫たちを自分になびかせることができたら、きっととても刺激的だろう。
 そんなわけで、さっそくミクとルカ、メイコとカイトを購入してみたんだが……。
 
「何故だ! このオレが、尻を追いかける側にまわるなんて!」
 
 テーブルにダンッと手をつくと、カイトが何事もなかったかのようにティーポットを傾け、カップに紅茶をそそいでくれた。いい匂いがする。
 
「なー、カイトー。どうしてだと思う? オレ、こんなに美形でお金持ちで、惚れない要素なんてどこにもないだろ?」
「そういうところじゃないですか?」
 
 カイトまで冷たい。ボーカロイドのくせに。
 
「女なんてどれも、オレが声をかければあっという間にさぁ」
「それは人間の女性だからでしょう。とりあえず、お金持ちだとか美形だとか、そのあたりはボーカロイドにしてみればどうでもいいことなんです。俺たちがマスターに一番惹かれる要素は、音楽センスがどれだけあるか。またそこに情熱があるかです」
「非の打ち所がないオレの唯一の欠点は、音痴なことだもんな」
「……問題そこだけじゃないと思いますが」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
 
 まあ正直、音楽なんてどうでもいいさ。オレは音楽に夢中な彼女たちをメロメロにさせたかっただけだから。
 落とすためにもちろん、音楽に興味があるふりをしたさ。
 音痴でさっぱりわからないから、教えてくれないかな。そう母性本能をくすぐるような笑顔で話しかけたのに、だがしかしあっさり看破されてしまった。
 
「それはマスターに、音楽に対する情熱が欠片もないからです」
 
 と。なんでばれたんだかわからないが、ミクもルカもメイコも、揃ってそう口にした。
 仕方なくオレは彼女たちを落とすべく、カイトにゆっくり教わっているのだ。彼女たちにこんなみっともない姿は見せられないからな。
 
「そもそも、マスターは女好きで歌姫たちを落とすために、俺たちを購入したんですよね?」
「ん? そうだけど?」
「なんで俺まで購入したんですか?」
「それは……。オレ、男友達できたことないから、まあついでにな……」
「……………………………ああ」
「なんだ、その心得ましたって顔は! 失礼だぞ、お前!」
「いえ、マスターはもてますから、男のやっかみも酷いんだろうなと思っただけです」
「まったくだな。もてないからって僻むブ男たちの這い蹲る様はたまらないものがあるけどな! せいぜいオレのおこぼれでも拾っているがいい!」
「……だから、そういうところが……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
 
 とりあえず、今の事態はよろしくない。オレに敵前逃亡などあってはならんのだ。なんとしてでも、歌姫たちを落としてやる!
 
「しかし、優雅にティータイムを楽しんでいるのに、目の前にいるのが男だけなんてな……。華がない、華が」
 
 綺麗な薔薇が咲き誇る庭園。遠くにはオレの屋敷が見える。
 その中央にあるテーブルの上にはウェッジウッドのティーカップ。普通の女なら頬を染めてオレとのティータイムを楽しみ、間違っても断ったりなんかしないはずだ。
 
「俺、帰りましょうか?」
「待った。一人にするなよ。寂しいだろ」
 
 コートの裾をつかんで引き留めると、カイトはふぅと溜息をついて、目の前の椅子に腰掛けた。
 一緒にティータイムを過ごすつもりらしく、あいているカップに紅茶をそそぐ。残る二つのティーカップは、虚しくも空のままだ。残りが二つなのは彼女たちと過ごすため、カイトには紅茶をいれさせたあと、ご退場いただくつもりだったから。
 結果として……彼女たちはこず、男と二人きりのティータイムになっているわけだが。なんて寒い。
 
「まったく、みんなしてオレを無視しやがって。マスターの命令は絶対だぞ」
「別に命令したわけじゃないでしょう」
「……彼女たちが自分から、素敵、マスター大好き! ってきてくれなきゃ意味がないからな。刺激が得たくて、歌姫たちを購入したんだ。今はまだこれでいいさ……フフ」
「カップを持つ手が震えてますよ、マスター」
「気のせいだ」
 
 実際、生まれてこのかた女の子にこんな、無視されたりとかつれなくされたことが一度もなかったから想像以上にこたえている。オレって意外と繊細で打たれ弱かったんだな。
 オレが神だ! ってレベルに図太いと思ってたんだけど。
 
「でもさあ、オレって言ってみれば雇い主みたいなものだろ? お前もだけどさ、どうしてそんなに冷たくできんの? 捨てられたらとか返品されたらとか思わないわけ?」
「……知りたいですか?」
「知りたい」
「ふふ、素直ですね。歌姫たちの前でもそうしていれば、きっと態度も変わるでしょうに」
「女にこんな、みっともないところ、見せられるか!」
「普段から充分見せているから大丈夫ですよ」
「何か言ったか?」
「ええ、冷たい台詞を」
「……」
 
 いつも通りの応酬にはならなかった。
 
「捨てられたり、返品されたらどうしようって、思ってますよ。俺たち全員ね。でも、それでいいと思っているから、マスターに冷たいんです」
「それでいいって……。オレ、そんなに嫌われてんの?」
 
 なんか、すげぇショックだ。紅茶がカップからこぼれそうだ。手が震えて。
 
「俺たちは必要とされなければ、意味がないんです。歌えなければ、意味がないんです。恋人にするためなら、それ用のアンドロイドで充分でしょう? 容姿を気に入って買ったならまだいい。必要としてるといえます」
「気に入ったから買ったに決まってるだろ」
「三体も?」
「それは、まあ……。髪と金と女は多いほうがいいんだよ」
「ならしばらくは、このままですね。マスターの頑張り次第です」
「頑張るさ。簡単に落ちたんじゃつまらないからな」
「とりあえず、手の震えを止めてからでないと、決まらないと思いますよ、そういう台詞は」
 
 こぼれた紅茶を拭きながら、カイトが冷静な声で言う。
 
「でも、お前はちょっと、オレに優しいよな」
「え?」
 
 少しだけカイトの瞳が泳ぐのを見て、オレは心の奥にざわつくものを感じた。
 いつも冷静なカイトが、動揺するところを見たから? なんだか見てはいけないものを、見てしまったような気がした。
 
「俺は、友達役として貴方に必要とされているからですよ。音楽のことも、俺には訊いてくれますしね」
「なるほど。あ、でも、そこまで言うほどでもないよな。普段は冷たい。優しいのちょっとだけ」
「それはマスターの性格に問題があるからですよ」
 
 ……こういうふうにズバッと言うあたりは冷たい。
 でも今まで友達のいなかったオレには、結構新鮮でよかったりして。
 陰口ならしょっちゅう叩かれてたが、こんな面と向かってズバズバ言ってくれる奴、いなかったもんな。そしてどれにも悪意がないのがわかるから。
 オレはカップを傾け、半分ほどに減ってしまった中身を飲みながらカイトの顔を盗み見た。
 華にはほど遠いが、まあ顔は悪くないから、しばらくはこいつの顔で我慢してやるか。
 
 
 
 屋敷に帰れば歌姫たちにはまた逃げられ、おとなしく広いベッドの中一人で就寝。友達役として必要とされているから優しい、というカイトの台詞の矛盾に気づいたのは、それからだった。
 だってカイトは、オレに訊いたじゃないか。
 
『どうして俺まで購入したんですか?』
 
 って。本当に、別にそうまで言うほど優しいわけじゃないんだが、どうしてそんな嘘をついたのか、それだけちょっと気になった。
 次の日起きたら、きっともう忘れているとは思う。ただの言葉のあやかもしれないし、そう気にすることでもないさ。
 オレが気にしなきゃならんのは、どうしたらあのプリティーな子猫ちゃんたちを落とせるか。それだけだ。



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