愛してますと言われたい2
メイコにはヴィンテージのワイン、ミクには品種改良を繰り返したネギ、ルカにはバラの花束を。
「メイコ……。キミにはこのワインのような深紅の宝石もよく似合うだろうね。キミさえよければ、今度一緒に指輪を……」 「そんなのいりませんから、ワインのように気持ちよくなれる曲を作ってみてください。マスター」 「ミク、ネギ……」 「普通のネギでいいよ。味なんてわかんないし」 「ルカ……」 「お気持ちだけいただきます」 一応主人の帰りを出迎えてはくれたものの、みんなしらけた表情で散っていく。ミクとルカに至っては話すら聞いてくれない。 どうして……どうしてなんだよ……! 「お帰りなさい、マスター」 「うわああん、カイトおおお!」 カイトが天使に見える勢いだ。オレがすがりついて泣こうとすると、メイコが出てきてカイトの腕を引く。するりと身をかわされた感じになって、オレの手は虚しく宙で固まった。 「カイト。待ってたわよ。貴方ってば部屋にとじこもってばかりなんですもの。今日こそアタシとデュエットしてくれるわよね?」 「えー! ミクもー! わからないとこ、お兄ちゃんに教えてほしいしぃー」 「お兄様。マスターにバラの花束をいただいたのですけれど、これを紅茶に浮かべてティータイムを楽しみません?」 な ん だ こ れ は 。 オレの買った歌姫たちはオレの知らないうちに、男のボーカロイドにメロメロになってました。 「おい、カイト! あれはどういうことだ!」 子猫ちゃんたちに睨まれるのを覚悟の上でカイトの手を引いて自室へ連れ込み、怒鳴りつけた。 だいたいルカの奴、お気持ちだけいただきますって言ってたくせにバラの花束使う気満々じゃないか! いや、それはこの際どうでもいい。 「あー。マスターがなかなか彼女たちの調声をしないので、俺が少し調律をしたんですよ」 「調律……?」 「俺には、他のボーカロイドの音域やシステムを見る、調律プログラムが組まれています。マスターは音楽が苦手なご様子でしたので、初めはそのために俺を買ったのだと思っていたのですが……」 「知らなかった」 「苦手というか、その領域にすら達してなかったですからね」 カイトも相変わらず冷たい。天使に見えたのは目の錯覚だ。 「それで、なんであんなに懐くんだ!」 「だから……マスターが彼女たちを、音楽面では放置しすぎだからですよ。飢えているんです」 「飢えているなら、オレがいくらでも情熱を注ぎ込んでやるのに……!」 「注ぎ込むのは、音楽関連だけにしてあげてください。もっと嫌われますよ」 「うっ……」 それが簡単にできれば苦労はしないが、カイトの言うことは正しい。 多分オレがどんなに貢いだところで、彼女たちは落ちてはくれない。 それに、今カイトを無理矢理引きずってきたことで、好感度がだだ下がってそうだ。 「よし、わかった。メイコ……まずはメイコからだ。三人にちやほやされながら、キャーマスターと言われたいと思っていたのが間違いだった」 「今更気づいたんですか?」 「人間の恋人のように扱えばいいんだよな。お前だけを見てる……みたいな感じで」 「マスターはもう、根本的なところが、ダメなんですよね」 「な、なにおう」 「女性はみんな自分を好きになると思っているから、優しさが上辺だけなんですよ。もっと相手を見なくては」 「恋も知らないボーカロイドに言われたくない」 オレの言葉に、カイトが凄く傷ついた顔をして……何故か、オレの胸もずきりと痛んだ。 さすがにちょっと言い過ぎたかなとは思う。でも、一度出た言葉は取り消せない。 「そうですね。でも、マスターも……恋を、知らないんじゃないですか?」 「オレほど恋多き男はそういないぞ」 「……そうですね」 付き合ってきた女は星の数なオレにそんなことを言うなんて、カイトはわかってない。やっぱりボーカロイドだからな。そのあたりはしかたないんだろう。 「あ、というか、お前もしかして、オレの歌姫たちに手を出そうとか思ってないよな?」 「思ってませんよ。さすがにマスターが彼女たちを買った目的を知っていてそれに背くほど、反抗的には作られていません」 「三人とも見事に背いているんだが!」 「そこはまた別の話でしょう。俺たちはボーカロイドであって、セクサロイドではないのですから」 カイトは酷く冷静だ。正直ちょっと憎らしい。 オレは、歌姫たちにキャーキャー言われたかった。なのに、今やこいつがキャーキャー言われてんだよ、おかしいだろ? なのに、カイトの奴は少しも動じないなんて、それもおかしいだろ! 「でも彼女たちはとても魅力的じゃないか。迫られたらちょっと、クラッといくだろ」 「仮に……もし、俺が彼女たちの誰かに惚れていたとしても、俺は、貴方のためなら身を引きますから」 おかしいだろ! ……いや。ボーカロイド的にはおかしくないのか。 惚れられて身を引くなんてオレの辞書にはあまりにありえないことだったから、動揺してしまった。 「それにマスターも、彼女たちにキャーキャー言われているじゃないですか。別の意味でなら」 「……やめろ、心の傷を抉るのは……」 カイトがオレよりモテているのは理解できないし気に食わないが、とりあえず、こいつは歌姫に手を出すつもりがないようだ。それがわかっただけでも、安心できた。 時間はまだある。ただ、女の子たちから冷たくされたことがないから、少し焦ってしまってるだけなんだ。 「とりあえず、恋を知らない俺でも、彼女たちが今日貴方に冷たかった理由は簡単にわかります」 「え、なんだよ」 カイトがすっとオレに近づいて、首筋に鼻先を埋めた。 青い綺麗な髪が目の前でさらりと揺れる。ボーカロイドって、無臭じゃないのか? なんか……いい匂いがする。薔薇園の手入れでもしていたのか? でもって、オレはなんでこんなにドキドキしてるんだ。男に近づかれたって嬉しくもなんともないのに! 近づかれたこともないけど! 「彼女たちを口説いている最中なのに、別の女性の匂いをぷんぷんさせていてはね。節操なしだと思われても無理はありませんよ。元から思われてるのに」 「う、ぐっ……。でもこれは、プレゼントを選ぶために付き合ってもらっただけで!」 「俺に言い訳したってしかたないでしょう」 カイトの身体が離れていく。オレは思わず、カイトの袖を掴んでいた。 「……なんですか?」 「……なんだろ」 そう言って、指先をほどく。自分でもどうしてそんなことをしたのかわからない。 「彼女たちを夢中にさせるキーワードは、とにかく歌ですから。下手でもいいんです。情熱的に調声してあげてください。今からメイコを、電子ピアノのある部屋に呼び出しますね」 「あー。今日はプレゼント買ってきて疲れたから、やめとく」 「は? プレゼントだけして、終わりですか?」 「だって喜んでくれなかったし。心が折れたよ、オレは。マッサージして、マッサージ。腰が痛い」 「……じゃあ、そこに寝てください」 言われた通り、近場にあった豪奢なソファへ身体を横たえると、カイトがオレの腰にそっと手を添え……っ。 「いで、いでで、ちょっ、体重かけすぎだ、カイト!」 「いい声で鳴いてくださいよ。気持ちよくしてあげますから……」 「わ、馬鹿、耳元で囁くな! お前無駄にいい声してんだから!」 「その声を一ミリも有益には使ってくださらないくせに。彼女たちだって、そう思ってるんですよ。このバカマスター!」 ……ってか、なんで怒ってんだよ。歌姫たちはあまり機嫌がよくなかったんだ。一日おいて、冷静になってから心機一転口説いたほうがいいだろ? 「痛いって、カイト!」 「でも気持ちいいでしょう?」 「い、いいけど……アッー!」 そのままカイトに、散々声を出させられた。 本来ならオレが歌姫たちを鳴かせるつもりだったのに、なんでオレが鳴くハメになってんだよ! カイトが怒った理由は、最後までさっぱりわからなかった。 。 |